尾瀬(1/2)至仏山2228m
昨日は仕事を終えて家に帰り、シャワーを浴びて19時に出てきた。
沼田インターを降りてしばらく入ったところでラーメンを食べて、尾瀬戸倉の駐車場には22:20に到着。車内の寝床を作ってすぐに消灯。
朝は6時に起きた。明け方、早出のグループのハシャギ声で目が覚めた以外は良く眠れた。外は最高の天気。頭の上に雲はなし。7:50のバスを予定していたが乗り合いタクシーがあって7:20に出発、鳩待峠を目指す。途中の道は紅葉が最高だった。
知らない樹木は運転手さんに教わりながら、ナナカマド、山葡萄、漆などが特に綺麗。少し前までは色がついていなくて天気も良くなかったらしく、またこの後は天気も崩れ、1週間後には紅葉は落ちてしまっているだろう、とのことで、今日が今シーズンでベストの日だったようだ。
7:40に鳩待峠につく。茶屋で「きのこそば」700円を連れと半分ずつ食べたが、これ、意外と美味い!良い朝飯になった。
8時に歩き始める。相変わらず最高の天気。が、足元の黒い石が滑って怖い。真っ黒なよくある石だが、所々登山者の靴で磨かれてツルツルしてて濡れていないのによく滑る。これは怖い。乾いていてこれなら、濡れているときは大変だろう。
頂上に近づくにつれて人が多くなってくる。休日は仕方ないな。
10:30頂上に到着。人の間に座れるスペースを見つけて一休み。オニギリを食べる。正面の燧ケ岳はもちろん、周りの山が良く見える。本当に良い天気。
人が多くてノンビリ出来ず、10:50に下山開始。当初の心積もり、下りはそのまま山ノ鼻に降りる予定だった。しかし植生保護のためにこの道は登り専用。仕方なく来た道を戻る。
12:40に鳩待峠に戻り、そのまま歩いて13:35に山ノ鼻に着いた。山ノ鼻にはビジターセンターがある。ここで15分ほど一休みして尾瀬の自然を勉強する。
人が多いが最高の天気の尾瀬ヶ原を歩いて下田代に向かう。途中で湿原のサンショウウオやイワナ、アブラハヤを探しながらノンビリ。尾瀬には昨年の6月、今年の9月と3回続けて来ていて、その度に湿原の生き物を探して喜んでいるが、その都度様子が変わっていて面白い。
15:20に尾瀬小屋に到着。この小屋は今日の宿泊で今年の営業は終了。最後の客。
風呂に入って缶ビールを飲んでマッタリ。
晩飯は18時から。酒をもらって飯を食い、部屋に戻ってから背負ってきたワインを飲んで20時半に消灯。
沼田インターを降りてしばらく入ったところでラーメンを食べて、尾瀬戸倉の駐車場には22:20に到着。車内の寝床を作ってすぐに消灯。
朝は6時に起きた。明け方、早出のグループのハシャギ声で目が覚めた以外は良く眠れた。外は最高の天気。頭の上に雲はなし。7:50のバスを予定していたが乗り合いタクシーがあって7:20に出発、鳩待峠を目指す。途中の道は紅葉が最高だった。
知らない樹木は運転手さんに教わりながら、ナナカマド、山葡萄、漆などが特に綺麗。少し前までは色がついていなくて天気も良くなかったらしく、またこの後は天気も崩れ、1週間後には紅葉は落ちてしまっているだろう、とのことで、今日が今シーズンでベストの日だったようだ。
7:40に鳩待峠につく。茶屋で「きのこそば」700円を連れと半分ずつ食べたが、これ、意外と美味い!良い朝飯になった。
8時に歩き始める。相変わらず最高の天気。が、足元の黒い石が滑って怖い。真っ黒なよくある石だが、所々登山者の靴で磨かれてツルツルしてて濡れていないのによく滑る。これは怖い。乾いていてこれなら、濡れているときは大変だろう。
頂上に近づくにつれて人が多くなってくる。休日は仕方ないな。
10:30頂上に到着。人の間に座れるスペースを見つけて一休み。オニギリを食べる。正面の燧ケ岳はもちろん、周りの山が良く見える。本当に良い天気。
人が多くてノンビリ出来ず、10:50に下山開始。当初の心積もり、下りはそのまま山ノ鼻に降りる予定だった。しかし植生保護のためにこの道は登り専用。仕方なく来た道を戻る。
12:40に鳩待峠に戻り、そのまま歩いて13:35に山ノ鼻に着いた。山ノ鼻にはビジターセンターがある。ここで15分ほど一休みして尾瀬の自然を勉強する。
人が多いが最高の天気の尾瀬ヶ原を歩いて下田代に向かう。途中で湿原のサンショウウオやイワナ、アブラハヤを探しながらノンビリ。尾瀬には昨年の6月、今年の9月と3回続けて来ていて、その度に湿原の生き物を探して喜んでいるが、その都度様子が変わっていて面白い。
15:20に尾瀬小屋に到着。この小屋は今日の宿泊で今年の営業は終了。最後の客。
風呂に入って缶ビールを飲んでマッタリ。
晩飯は18時から。酒をもらって飯を食い、部屋に戻ってから背負ってきたワインを飲んで20時半に消灯。
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筑波山 876m
新しく買った登山靴の慣らしをするために軽い山に行こうと思って、筑波山へ。
これまで履いていたケイランドのブーツ、5年位前に3万円くらいだったか。軽い冬山まで行けるようなモノだが、足に合っていなかった。日帰りくらいなら問題ないが3日~4日の縦走やキツイ下りなどで毎回、親指、特に右足の親指の先を痛める。先日の甲斐駒では爪を剥がしてしまった。
おそらく幅が広くて締め切れないのだと思う。で、今回、スカルパのミラージュという、コージツにあった中では一番幅の狭いのを買った。この上のサミットライトというのが欲しかったが、そこまでは必要ないのと、値段がさらに1万円も高かったから止めた。といっても、ミラージュも4万円。10年くらいは履かないと。
登山口を10:40スタート。この山、冬の平日に行くつもりだったが、やはり日曜は家族連れや年寄りが多くて結構難儀。道も大岩が多くて、こんな山にしては登り辛い。
女体山の頂上を経て、12時半頃に男体山の頂上に着いた。女体山の方が高いようなのだが、それだけじゃぁ物足らない。
軽く休んで来た道を戻る。帰りは早かった。登り1時間50分、下り1時間。
温泉(単なる風呂かも)に入って、牛久沼で鰻の蒲焼を買って帰途に着く。
靴慣らしには少し物足らなかったが、来週の南アルプスに向けて、適当な体ほぐしになったかな。
これまで履いていたケイランドのブーツ、5年位前に3万円くらいだったか。軽い冬山まで行けるようなモノだが、足に合っていなかった。日帰りくらいなら問題ないが3日~4日の縦走やキツイ下りなどで毎回、親指、特に右足の親指の先を痛める。先日の甲斐駒では爪を剥がしてしまった。
おそらく幅が広くて締め切れないのだと思う。で、今回、スカルパのミラージュという、コージツにあった中では一番幅の狭いのを買った。この上のサミットライトというのが欲しかったが、そこまでは必要ないのと、値段がさらに1万円も高かったから止めた。といっても、ミラージュも4万円。10年くらいは履かないと。
登山口を10:40スタート。この山、冬の平日に行くつもりだったが、やはり日曜は家族連れや年寄りが多くて結構難儀。道も大岩が多くて、こんな山にしては登り辛い。
女体山の頂上を経て、12時半頃に男体山の頂上に着いた。女体山の方が高いようなのだが、それだけじゃぁ物足らない。
軽く休んで来た道を戻る。帰りは早かった。登り1時間50分、下り1時間。
温泉(単なる風呂かも)に入って、牛久沼で鰻の蒲焼を買って帰途に着く。
靴慣らしには少し物足らなかったが、来週の南アルプスに向けて、適当な体ほぐしになったかな。
尾瀬(2/2)燧ケ岳2356m
4時半過ぎに外がバタバタして目が覚めた。もう出発する人達がいる。朝飯は弁当にして夕べのうちに貰っているからいつでも出られるが、部屋の中は起きる気配が全くない。仕方なくもう一度寝て5時過ぎにトイレに行く。帰ってきたら一人が起きていたので部屋の電気をつけ、明るくしてから起きない二人の分も含めて布団を全て片付ける。
結局、出発は6時半。
雨は降っていないがガスが濃い。晴れはしないが段々と明るくなってくる。
この山は岩だらけ。特にキツイ山ではないが大岩を乗越えるような場所が多くて初心者には結構大変。
燧ケ岳の山頂となる紫安グラには11:15到着。
一休みして11:40出発。俎グラを経て御池に向かう。頑張れば14:40のバスに乗れる。それならば
指定券を取った、会津高原尾瀬口17:33の特急に乗れる。それも風呂に入って安着祝いして。
が、頑張ったものの、御池に着いたのは14:45。駐車場に入ったときにバスが出て行くのが見えた。まぁ、良し。無事に降りてきた。食堂が15時半まで、ということで安着祝い。ビールと山菜蕎麦が旨ぁい。
そのあとに風呂に入って16:40のバスに乗り、18時半の急行で帰る。家に着いたのは21時半くらい。無事終了。
普段と異なり、人を連れて行った。特にトラブルもなく、行った人たちが“良し”としてくれたから、充分に満足。良し。
結局、出発は6時半。
雨は降っていないがガスが濃い。晴れはしないが段々と明るくなってくる。
この山は岩だらけ。特にキツイ山ではないが大岩を乗越えるような場所が多くて初心者には結構大変。
燧ケ岳の山頂となる紫安グラには11:15到着。
一休みして11:40出発。俎グラを経て御池に向かう。頑張れば14:40のバスに乗れる。それならば
指定券を取った、会津高原尾瀬口17:33の特急に乗れる。それも風呂に入って安着祝いして。
が、頑張ったものの、御池に着いたのは14:45。駐車場に入ったときにバスが出て行くのが見えた。まぁ、良し。無事に降りてきた。食堂が15時半まで、ということで安着祝い。ビールと山菜蕎麦が旨ぁい。
そのあとに風呂に入って16:40のバスに乗り、18時半の急行で帰る。家に着いたのは21時半くらい。無事終了。
普段と異なり、人を連れて行った。特にトラブルもなく、行った人たちが“良し”としてくれたから、充分に満足。良し。
尾瀬(1/2)
去年、山には登らずに尾瀬ヶ原を横断した。今年は頂上へ。
燧ケ岳を目指す。仕事関係の知り合いで登山未経験者を含めて4名。泊まりも温泉のある赤田代に確保。
朝は山にしては早くなくて楽。荷物は15kg。
東京駅08:04の新幹線で上毛高原まで行き、バスで戸倉を経由して鳩待峠に着いたのが12:25。
雨が強く降っている。フル雨具などの身支度をして12:40スタート。
秋のシーズンに入って間もないが人は結構歩いている。雨はすぐに止んだが中途半端な曇りで雨具はそのままで歩き続ける。じきに尾瀬ヶ原に出る。至仏山の上は見えない。燧ケ岳も頂上はガスがかかっているが、上の1/3ほどは雪で白くなっている。寒そう。
滑る木道に気を遣いながらノンビリ歩く。所々の溜まり水でサンショウウオやイワナを発見。
赤田代に着いたのは16時過ぎ。予約していた『温泉小屋』へ。
温泉に入るとじきに晩飯の時間。生ビールで乾杯。飯はオカズが多くて結構贅沢。飯が旨い。食べ過ぎた。
部屋に戻って背負ってきた2リットツのワインと焼酎で宴会。ウイスキーを持っていた人も。
消灯まで喋って就寝。
燧ケ岳を目指す。仕事関係の知り合いで登山未経験者を含めて4名。泊まりも温泉のある赤田代に確保。
朝は山にしては早くなくて楽。荷物は15kg。
東京駅08:04の新幹線で上毛高原まで行き、バスで戸倉を経由して鳩待峠に着いたのが12:25。
雨が強く降っている。フル雨具などの身支度をして12:40スタート。
秋のシーズンに入って間もないが人は結構歩いている。雨はすぐに止んだが中途半端な曇りで雨具はそのままで歩き続ける。じきに尾瀬ヶ原に出る。至仏山の上は見えない。燧ケ岳も頂上はガスがかかっているが、上の1/3ほどは雪で白くなっている。寒そう。
滑る木道に気を遣いながらノンビリ歩く。所々の溜まり水でサンショウウオやイワナを発見。
赤田代に着いたのは16時過ぎ。予約していた『温泉小屋』へ。
温泉に入るとじきに晩飯の時間。生ビールで乾杯。飯はオカズが多くて結構贅沢。飯が旨い。食べ過ぎた。
部屋に戻って背負ってきた2リットツのワインと焼酎で宴会。ウイスキーを持っていた人も。
消灯まで喋って就寝。
登山靴
甲斐駒から下りてきて2晩。今日になって、体中が痛い。特に左肩と背中の真ん中辺、背骨の両脇の太い筋、前腿。左の腰からオシリにかけても。
一番痛いのは右足の親指の先。山から下りてきたら内出血で爪が赤黒くなってた。そこが今日になってとても痛い。股ズレは治ってきた。
足の爪も股ズレも、縦走をするといつも4日目に痛くなってくる。が、こんなにひどくはない。リュックを背負って走るのって、かなり大変だったみたい。
久々に体がとても痛くて、酷使したと思えるのがなんとなく嬉しい。
登山靴、今のは5年くらい履いている。登山靴に限らず、この足に合う靴は中々ない。これも買った靴が合わなくて、買っても使えずに2足ダメにして、3足目だった。それでも本当に合う靴には巡りあえず、履いていても普段の2日程度の山なら問題ないが、ハードな山や長丁場になると足が痛くなってくる。
甲斐駒で会ったウルマラ女史、最初は軽登山靴かと思ったが、スカルパだった。色合いからして「ミラージュ」かな。ご本人も“靴だけは良いものを”と仰っているとおり、高い。が、それが足に良く合っているようで羨ましかった。自分のはそんなに高くはないが、靴が合わないのは悲しいしお金も勿体無い。
これが壊れたら、そのときは一生履けるような靴が欲しいな。
今までは、リュック背負って歩くことか軽い身で走ることしかしてこなかったが、これからはなるべく荷を背負って走るようにしよう。無理と思っていた登山マラソンやウルトラマラソン、征服者の生の声を聞いて少し身近になった気がする。目指そうか。
一番痛いのは右足の親指の先。山から下りてきたら内出血で爪が赤黒くなってた。そこが今日になってとても痛い。股ズレは治ってきた。
足の爪も股ズレも、縦走をするといつも4日目に痛くなってくる。が、こんなにひどくはない。リュックを背負って走るのって、かなり大変だったみたい。
久々に体がとても痛くて、酷使したと思えるのがなんとなく嬉しい。
登山靴、今のは5年くらい履いている。登山靴に限らず、この足に合う靴は中々ない。これも買った靴が合わなくて、買っても使えずに2足ダメにして、3足目だった。それでも本当に合う靴には巡りあえず、履いていても普段の2日程度の山なら問題ないが、ハードな山や長丁場になると足が痛くなってくる。
甲斐駒で会ったウルマラ女史、最初は軽登山靴かと思ったが、スカルパだった。色合いからして「ミラージュ」かな。ご本人も“靴だけは良いものを”と仰っているとおり、高い。が、それが足に良く合っているようで羨ましかった。自分のはそんなに高くはないが、靴が合わないのは悲しいしお金も勿体無い。
これが壊れたら、そのときは一生履けるような靴が欲しいな。
今までは、リュック背負って歩くことか軽い身で走ることしかしてこなかったが、これからはなるべく荷を背負って走るようにしよう。無理と思っていた登山マラソンやウルトラマラソン、征服者の生の声を聞いて少し身近になった気がする。目指そうか。
甲斐駒ヶ岳(2967m)
当初は4日間かけて南アルプスのどこかを縦走する積もりだったが休みが取れなくなって変更。テント泊の荷物を用意して車に載せて、金曜の夕方に会社を出て甲府方面に向かう。途中で晩飯を済ませて芦安の市営駐車場に車を停めて就寝。
朝は4:50起床。トイレに車から出ると夕べは空いていた駐車場は車で埋まっている。チンタラ準備をする。と言っても脱いだままのズボンを穿いてサンダルから登山靴に履き替えるだけ。荷物も夕べ買っておいた水をボトルに移して終わり。
急げばもう1本早い便に乗れたな、と思いながら、芦安5:40発のバスに乗る。1時間ほどで広河原、北沢峠往きに乗り換える。土曜日でも中途半端な週で空いていると思いきや、人は多い。が、よく見ると渓流釣りや沢登りの人が多くて少し安心する。
北沢峠には7:15に着いた。ここでもまたチンタラ準備。靴紐を締めてトイレに行き、他の人たちが出発していくのを見送る。ボーっとしていたら次のバスが来て人がゾロゾロ降りてきた。流石にこの人たちまで見送りたくないので慌てて歩き始める。
7:30北沢峠スタート。リュックに水を1.5l入れて14kg。
甲斐駒に登るには、双児山を通って頂上に向けてほぼ直進していくコースと、一度南側に下って仙水峠を廻って駒津峰で双児山コースに合流するコースがある。調べるとほとんどにおいて双児山コースは急だから下りに使って上りは仙水コースを薦めている。が、今回はトレーニングを兼ねていること、天気が崩れそうでノンビリ周遊などしてられんこと、そもそもキツイ山ではなさそうなことから、双児山に向かって真っ直ぐ進むことにした。
駒津峠までは中くらいの勾配が続き、丁度良い山道。歩き易いが変化もあり、登山をしている気になれる。特にキツイ箇所もなかったが、駒津峠を過ぎて少しすると「六方石」という巨大な岩が出てくる。この辺りから岩登りが増えてくる。
かなり急な岩の斜面の登り口で道が“直登”と“マキミチ”に分かれる。高い場所は基本的に苦手なのでしばらく迷ったが、横に逸れるのも不本意なので“直登”を選択。
この道は結構大変だった。急斜面の岩稜を登っていくのだが、一つ一つの岩がかなり大きく、登るにも足の置き場に困る。でも滑落するような場所はなくて適度にスリリングで楽しい。
アツコチにホシガラスが飛んでいる。ハイマツの松ボックリを食った後が所々にある。こんなに沢山のホシガラスを見たのは初めて。
この岩稜を進んでいたら少し先でバスで同乗していた女性の二人連れが岩を越えるのに苦労しているのが見えてきた。バスで前の席に座っていたのだが、二人とも3000m級の山に行く格好ではない。一人の靴は軽めの登山靴のようだがズボンは街中で穿くようなカーキ色の綿パンみたいの。(この人、40才位と思っていたがあとで聞いたら30才のお子さんがいるとのこと。物凄く若い!)もう一人(30才くらいか)に至ってはランニングシューズに陸上用の黒っぽいトレパン。上は二人とも普通の白いTシャツ。近くの美人で上品な若奥さんがテニススクールにでも行くような感じ。二人とも髪は短めで活発そうにも見えるが細くてスタイル良く、とても山に来るような感じではない。バスの中で“ハイキングの積もりで来たんだろうな。怪我とかしなければ良いけど。”などと思っていた。
その二人が前で岩を乗越えるのにジタバタしてて、“やっぱりな。”と思った。が、それにしては足が早い。登山口を出たのは10分くらいの差。結構これでも足は速いほうで、バスでの同乗者などは最後に出発しても早いうちに殆ど抜いてしまうのがいつものこと。それがここまで来てやっと追いついた。じきに大岩でモタモタしている二人に追いついてしまい手前で待つ。乗越えて岩の向こうに姿が消えたところでこちらも進んで岩を乗越える。しかしなんと二人はかなり先を歩いている。で、また岩で追いついて、を繰り返す。確かに岩登りはヘタッピ。腰が引けてて危なっかしい。が、それ以外は非常に足が速い。なんだろ、この人たち。
岩登りが一段楽したところで二人が休憩している横を過ぎて間近に迫った頂上へ足を進める。カーキ綿パン女史は地面に座って流石に息が乱れている。と思ったら、その横に立っている黒トレパン女史は平気な顔をして息も乱れていない様子。
じきに頂上に着いた。10:50。周囲の山には雲がかかっていて展望はなし。が、甲斐駒の山頂は悪くない天気。気分良し。が、ガスが上がってきてるし天気予報では大荒れになるそうなので、早く降りようかな。
そこに、先の若奥様風の不思議な二人がもう追いついてきた。やはり速い。
話をしていたらカーキ麺パン女史が、急いで降りたいのだが道が不安だ、と言う。地図も落としてしまったらしい。よく見ると黒トレパン女史に至っては手袋もしていない。これはダメだ、怪我でもされたら適わない。これも何かの縁でしょう。仕方ないから下りの道を誘導していこう。
11時、急ぐなら速めのペースで降りるから無理しないで付いて来るように、と二人に言って下り始める。実はここ辺りまでは良かった。岩場があったから、その度にモタモタしている。が、それ以外は非常に速い。あおられる。何となく話をしていたら、なんと、黒トレパン女史は数年前に富士登山競走で優勝したそうだ。思わず“えぇっ!?!?”と叫んでしまった。で、片やカーキ麺パン女史は100kmウルトラマラソンに出ていて、阿蘇や秋田、サロマ湖などで優勝しているらしい。言葉が出ない。どうしよう。
富士登山競走もウルトラマラソンも、知っている。出ることに憧れている。が、かなり遠い目標。秩父の御岳クロカンも出ようと思ったが断念、フルマラソンですら完走が目標。富士登山やウルマラのタイムなど聞いても判らないのでフルマラソンの持ちタイムを聞いたら黒トレパンが“大したことないんです。3時間くらいです。”と恥ずかしそうに仰る。凄い。今年の東京マラソンで、グロスで4時間1分だったがネットで3時間59分だったので、聞かれると“4時間きれました!”などと半分嘘を言っているのとはレベルが違う。そりゃぁ速いはずだ。これくらいじゃ散歩のはずだ。聞くと登山は本当に素人のようで、岩登りが遅いのも納得。
そう知ってしまったら、後が大変。非常に厳しく過酷な下りが続いた。そりゃぁそうだ。岩がなくなったら後は追い立てられるように降りていくしかない。この二人、本当に速い。頑張って降りながら、自分を責める。格好で判断してはイカン。甘く見ちゃイカン。アマチュアのトップアスリートに対して余計な心配をしたり、怪我されると困るから誘導してあげよう、なんて、大きな態度を取ってしまった。時々、木の根っ子などに躓いてくれるからどうにか先頭を歩けたが、後ろにこんな速い人がいたことはなくて、プレッシャーがきつかった。
でもこの二人、トップアスリートと思えないほど普通の優しいお姉さん達。今まで見たトップアスリートというような連中は、どこか切れていたりしたが、本当に良い人たち。でも話を聞いていると非常に言うことがハッキリしていて面白い。自分を持っている感じ。二人で走り仲間の人の話をしているのを聞いていたら、“練習をしないから怒られる”とか言っている。ムキになって練習するのは嫌だ、必死になってもつまらないのは嫌、楽しい程度にやる、などと笑いながら話している。話だけ聞いていると、その辺に幾らでもいるような、適当にスポーツしてる人。が、それで勝ち負けできる訳はない。気持ちの切り替えが上手いのか集中力の問題か。
いずれにせよ、自分のペースを守ることが大切なのは理解出来る。身近な話題の世間話のように話しているが、聞いていると深くて言葉が重い。
なんて(後から思ったら)呑気に下ってきて、ようやく北沢峠に着いた。しかし13時のバスを目指したのに着いたら13:10。アウト。かなり速かったが残念。
バス亭のベンチにリュックを降ろし、二人にお礼を言ってひとまず解散。次のバスは15:30。かなり待つが仕方がない。水を飲んで一休み。あとはここで昼寝でもしてノンビリと帰る(筈だった)。
少ししたら、先ほどの綿パン女史が来た。ここで2時間も待っていても仕方がない、早く帰りたいから歩いて広河原まで行って乗り合いタクシーを捕まえたい、タクシーは人数が多いほうが確実だと思うから一緒に行かないか、と。広河原まで10km。普通に歩いて2時間半。荷物は重い。が、そんなの、嫌も応もない。さっきまでの下りで、この二人の脚力にすっかり呑まれてしまった。何を言われても“yes”か“OK”しか答えられない。
3000m弱の山の往復10kmの登山路をこなした後に、10kmの林道を走ることになってしまった。
水は500cc残っているから、荷物は13kg。こんなの、生まれて初めて。
13:30、北沢峠をスタート。最初は2本のストックを推進力にして早や歩き。お二人は軽い小走り。時々歩きはするものの、段々と二人の小走りが速くなってくる。そのうちにこちらも小走りになる。13kg背負って登山靴で。
これはかなりキツイ。荷物の大きさが違うとは言え、二人は平気な顔をして走っている。登りになると綿パン女史が歩いてくれるから助かるが、トレパン女史はここまで走っても全く息が乱れない。“私はいつもこうなんです。”と済まなさそうに言うのが、街でなら華奢な若奥様の言葉としてこちらもドキドキしたかもしれないが、この状況では・・・。恐るべきアスリート!
走るのは辛い。黙ってモクモクと走らないとバテる。と思いながら、この人たちとの会話が面白くて喋りながら走る。かなり遅いが自分なりにはひたすら全力で走る。
走り始めて1時間半、広河原のゲートがやっと見えてきた。時間は14:57、次のバスは15;30。これでやっと歩ける、とホッとしたとことろで、ゲートの近くにいたオジサンが“15時のバスが出ちゃうよ”と。なにっ?15時のバスなんか知らない。と思うまもなく、二人のアスリートのペースが急に上がる。これは付いていけない。もう無理だ。ダメ、走れない。バスなんて乗れなくてもいいからもう歩こう、と思って“先に行って二人だけでも乗ってください!”と言ったら帰ってきた言葉が、“バスに待ってもらいますから、一緒に乗りましょう!”と。走りながら。
この人たち、本当にいい人だと思った。一つだけ問題なのは脚力が決定的に違うこと。
女の人にそう言われて、ここで諦めるのは格好が悪いので最後のスパート。生まれて初めて死ぬ気で走った。
どうにか間に合った。15時のバス。中に這い登って席に荷物を降ろしたが、椅子に座れずに肘掛に座る。ゼェゼェ、苦しいぃ・・・。汗も止まらない。でも嬉しい。これは頑張った。
16時に芦安の駐車場に無事、帰還。降りてみたら車を停めたのも第3駐車場で一緒だった。急いでいたようだったが、かなり(こちらは)頑張ったから時間に余裕が出来たのか、近くの温泉に入ると。良い温泉とのことで付いて行くことにした。車に乗って二人の車を追っかけると、本当にすぐ。第4駐車場の斜前の金山沢温泉。風呂に入る前に流石に最後のご挨拶。お礼を言ってお別れ。入った風呂も良かった。
帰りに甲府の南側のラーメン屋でツケメンを喰って東京へ。降りてきたときは天気が良かったが、高速に乗ってすぐに土砂降りになった。前が殆ど見えず怖い。テント張って仙丈ケ岳に登ることも考えたが、止めてよかった。
今回会ったお二人、素晴らしかった。アスリートとしては驚異的。なのに自然体で非常に感じの良い人たち。話をしても面白い、というか納得できて勉強になるような言葉が多く出てくる。
殆ど走りながらで、あまりユックリ話は出来なかったが、またどこかの山で会うことが出来たら色々と話を聞きたい。普段の練習の中身とか足を痛めたときの対処方法とか、特にレースの前の心の調整方法とか。大満足。
今回の山行、勝ちか負けかで判断したら、全面的敗北。全く歯が立たず徹底的にやられた感じ。でも気分の良い敗北だった。上には上がいる。もっと頑張って歩きましょ!
朝は4:50起床。トイレに車から出ると夕べは空いていた駐車場は車で埋まっている。チンタラ準備をする。と言っても脱いだままのズボンを穿いてサンダルから登山靴に履き替えるだけ。荷物も夕べ買っておいた水をボトルに移して終わり。
急げばもう1本早い便に乗れたな、と思いながら、芦安5:40発のバスに乗る。1時間ほどで広河原、北沢峠往きに乗り換える。土曜日でも中途半端な週で空いていると思いきや、人は多い。が、よく見ると渓流釣りや沢登りの人が多くて少し安心する。
北沢峠には7:15に着いた。ここでもまたチンタラ準備。靴紐を締めてトイレに行き、他の人たちが出発していくのを見送る。ボーっとしていたら次のバスが来て人がゾロゾロ降りてきた。流石にこの人たちまで見送りたくないので慌てて歩き始める。
7:30北沢峠スタート。リュックに水を1.5l入れて14kg。
甲斐駒に登るには、双児山を通って頂上に向けてほぼ直進していくコースと、一度南側に下って仙水峠を廻って駒津峰で双児山コースに合流するコースがある。調べるとほとんどにおいて双児山コースは急だから下りに使って上りは仙水コースを薦めている。が、今回はトレーニングを兼ねていること、天気が崩れそうでノンビリ周遊などしてられんこと、そもそもキツイ山ではなさそうなことから、双児山に向かって真っ直ぐ進むことにした。
駒津峠までは中くらいの勾配が続き、丁度良い山道。歩き易いが変化もあり、登山をしている気になれる。特にキツイ箇所もなかったが、駒津峠を過ぎて少しすると「六方石」という巨大な岩が出てくる。この辺りから岩登りが増えてくる。
かなり急な岩の斜面の登り口で道が“直登”と“マキミチ”に分かれる。高い場所は基本的に苦手なのでしばらく迷ったが、横に逸れるのも不本意なので“直登”を選択。
この道は結構大変だった。急斜面の岩稜を登っていくのだが、一つ一つの岩がかなり大きく、登るにも足の置き場に困る。でも滑落するような場所はなくて適度にスリリングで楽しい。
アツコチにホシガラスが飛んでいる。ハイマツの松ボックリを食った後が所々にある。こんなに沢山のホシガラスを見たのは初めて。
この岩稜を進んでいたら少し先でバスで同乗していた女性の二人連れが岩を越えるのに苦労しているのが見えてきた。バスで前の席に座っていたのだが、二人とも3000m級の山に行く格好ではない。一人の靴は軽めの登山靴のようだがズボンは街中で穿くようなカーキ色の綿パンみたいの。(この人、40才位と思っていたがあとで聞いたら30才のお子さんがいるとのこと。物凄く若い!)もう一人(30才くらいか)に至ってはランニングシューズに陸上用の黒っぽいトレパン。上は二人とも普通の白いTシャツ。近くの美人で上品な若奥さんがテニススクールにでも行くような感じ。二人とも髪は短めで活発そうにも見えるが細くてスタイル良く、とても山に来るような感じではない。バスの中で“ハイキングの積もりで来たんだろうな。怪我とかしなければ良いけど。”などと思っていた。
その二人が前で岩を乗越えるのにジタバタしてて、“やっぱりな。”と思った。が、それにしては足が早い。登山口を出たのは10分くらいの差。結構これでも足は速いほうで、バスでの同乗者などは最後に出発しても早いうちに殆ど抜いてしまうのがいつものこと。それがここまで来てやっと追いついた。じきに大岩でモタモタしている二人に追いついてしまい手前で待つ。乗越えて岩の向こうに姿が消えたところでこちらも進んで岩を乗越える。しかしなんと二人はかなり先を歩いている。で、また岩で追いついて、を繰り返す。確かに岩登りはヘタッピ。腰が引けてて危なっかしい。が、それ以外は非常に足が速い。なんだろ、この人たち。
岩登りが一段楽したところで二人が休憩している横を過ぎて間近に迫った頂上へ足を進める。カーキ綿パン女史は地面に座って流石に息が乱れている。と思ったら、その横に立っている黒トレパン女史は平気な顔をして息も乱れていない様子。
じきに頂上に着いた。10:50。周囲の山には雲がかかっていて展望はなし。が、甲斐駒の山頂は悪くない天気。気分良し。が、ガスが上がってきてるし天気予報では大荒れになるそうなので、早く降りようかな。
そこに、先の若奥様風の不思議な二人がもう追いついてきた。やはり速い。
話をしていたらカーキ麺パン女史が、急いで降りたいのだが道が不安だ、と言う。地図も落としてしまったらしい。よく見ると黒トレパン女史に至っては手袋もしていない。これはダメだ、怪我でもされたら適わない。これも何かの縁でしょう。仕方ないから下りの道を誘導していこう。
11時、急ぐなら速めのペースで降りるから無理しないで付いて来るように、と二人に言って下り始める。実はここ辺りまでは良かった。岩場があったから、その度にモタモタしている。が、それ以外は非常に速い。あおられる。何となく話をしていたら、なんと、黒トレパン女史は数年前に富士登山競走で優勝したそうだ。思わず“えぇっ!?!?”と叫んでしまった。で、片やカーキ麺パン女史は100kmウルトラマラソンに出ていて、阿蘇や秋田、サロマ湖などで優勝しているらしい。言葉が出ない。どうしよう。
富士登山競走もウルトラマラソンも、知っている。出ることに憧れている。が、かなり遠い目標。秩父の御岳クロカンも出ようと思ったが断念、フルマラソンですら完走が目標。富士登山やウルマラのタイムなど聞いても判らないのでフルマラソンの持ちタイムを聞いたら黒トレパンが“大したことないんです。3時間くらいです。”と恥ずかしそうに仰る。凄い。今年の東京マラソンで、グロスで4時間1分だったがネットで3時間59分だったので、聞かれると“4時間きれました!”などと半分嘘を言っているのとはレベルが違う。そりゃぁ速いはずだ。これくらいじゃ散歩のはずだ。聞くと登山は本当に素人のようで、岩登りが遅いのも納得。
そう知ってしまったら、後が大変。非常に厳しく過酷な下りが続いた。そりゃぁそうだ。岩がなくなったら後は追い立てられるように降りていくしかない。この二人、本当に速い。頑張って降りながら、自分を責める。格好で判断してはイカン。甘く見ちゃイカン。アマチュアのトップアスリートに対して余計な心配をしたり、怪我されると困るから誘導してあげよう、なんて、大きな態度を取ってしまった。時々、木の根っ子などに躓いてくれるからどうにか先頭を歩けたが、後ろにこんな速い人がいたことはなくて、プレッシャーがきつかった。
でもこの二人、トップアスリートと思えないほど普通の優しいお姉さん達。今まで見たトップアスリートというような連中は、どこか切れていたりしたが、本当に良い人たち。でも話を聞いていると非常に言うことがハッキリしていて面白い。自分を持っている感じ。二人で走り仲間の人の話をしているのを聞いていたら、“練習をしないから怒られる”とか言っている。ムキになって練習するのは嫌だ、必死になってもつまらないのは嫌、楽しい程度にやる、などと笑いながら話している。話だけ聞いていると、その辺に幾らでもいるような、適当にスポーツしてる人。が、それで勝ち負けできる訳はない。気持ちの切り替えが上手いのか集中力の問題か。
いずれにせよ、自分のペースを守ることが大切なのは理解出来る。身近な話題の世間話のように話しているが、聞いていると深くて言葉が重い。
なんて(後から思ったら)呑気に下ってきて、ようやく北沢峠に着いた。しかし13時のバスを目指したのに着いたら13:10。アウト。かなり速かったが残念。
バス亭のベンチにリュックを降ろし、二人にお礼を言ってひとまず解散。次のバスは15:30。かなり待つが仕方がない。水を飲んで一休み。あとはここで昼寝でもしてノンビリと帰る(筈だった)。
少ししたら、先ほどの綿パン女史が来た。ここで2時間も待っていても仕方がない、早く帰りたいから歩いて広河原まで行って乗り合いタクシーを捕まえたい、タクシーは人数が多いほうが確実だと思うから一緒に行かないか、と。広河原まで10km。普通に歩いて2時間半。荷物は重い。が、そんなの、嫌も応もない。さっきまでの下りで、この二人の脚力にすっかり呑まれてしまった。何を言われても“yes”か“OK”しか答えられない。
3000m弱の山の往復10kmの登山路をこなした後に、10kmの林道を走ることになってしまった。
水は500cc残っているから、荷物は13kg。こんなの、生まれて初めて。
13:30、北沢峠をスタート。最初は2本のストックを推進力にして早や歩き。お二人は軽い小走り。時々歩きはするものの、段々と二人の小走りが速くなってくる。そのうちにこちらも小走りになる。13kg背負って登山靴で。
これはかなりキツイ。荷物の大きさが違うとは言え、二人は平気な顔をして走っている。登りになると綿パン女史が歩いてくれるから助かるが、トレパン女史はここまで走っても全く息が乱れない。“私はいつもこうなんです。”と済まなさそうに言うのが、街でなら華奢な若奥様の言葉としてこちらもドキドキしたかもしれないが、この状況では・・・。恐るべきアスリート!
走るのは辛い。黙ってモクモクと走らないとバテる。と思いながら、この人たちとの会話が面白くて喋りながら走る。かなり遅いが自分なりにはひたすら全力で走る。
走り始めて1時間半、広河原のゲートがやっと見えてきた。時間は14:57、次のバスは15;30。これでやっと歩ける、とホッとしたとことろで、ゲートの近くにいたオジサンが“15時のバスが出ちゃうよ”と。なにっ?15時のバスなんか知らない。と思うまもなく、二人のアスリートのペースが急に上がる。これは付いていけない。もう無理だ。ダメ、走れない。バスなんて乗れなくてもいいからもう歩こう、と思って“先に行って二人だけでも乗ってください!”と言ったら帰ってきた言葉が、“バスに待ってもらいますから、一緒に乗りましょう!”と。走りながら。
この人たち、本当にいい人だと思った。一つだけ問題なのは脚力が決定的に違うこと。
女の人にそう言われて、ここで諦めるのは格好が悪いので最後のスパート。生まれて初めて死ぬ気で走った。
どうにか間に合った。15時のバス。中に這い登って席に荷物を降ろしたが、椅子に座れずに肘掛に座る。ゼェゼェ、苦しいぃ・・・。汗も止まらない。でも嬉しい。これは頑張った。
16時に芦安の駐車場に無事、帰還。降りてみたら車を停めたのも第3駐車場で一緒だった。急いでいたようだったが、かなり(こちらは)頑張ったから時間に余裕が出来たのか、近くの温泉に入ると。良い温泉とのことで付いて行くことにした。車に乗って二人の車を追っかけると、本当にすぐ。第4駐車場の斜前の金山沢温泉。風呂に入る前に流石に最後のご挨拶。お礼を言ってお別れ。入った風呂も良かった。
帰りに甲府の南側のラーメン屋でツケメンを喰って東京へ。降りてきたときは天気が良かったが、高速に乗ってすぐに土砂降りになった。前が殆ど見えず怖い。テント張って仙丈ケ岳に登ることも考えたが、止めてよかった。
今回会ったお二人、素晴らしかった。アスリートとしては驚異的。なのに自然体で非常に感じの良い人たち。話をしても面白い、というか納得できて勉強になるような言葉が多く出てくる。
殆ど走りながらで、あまりユックリ話は出来なかったが、またどこかの山で会うことが出来たら色々と話を聞きたい。普段の練習の中身とか足を痛めたときの対処方法とか、特にレースの前の心の調整方法とか。大満足。
今回の山行、勝ちか負けかで判断したら、全面的敗北。全く歯が立たず徹底的にやられた感じ。でも気分の良い敗北だった。上には上がいる。もっと頑張って歩きましょ!
塩見・白峰(番外)山で会った人たち
まず、駒ヶ根から伊那大島までの電車、伊那大島から鳥谷までのバスで一緒になった群馬県渋川からの50代半ばのオバサン。朝の5時半頃、駒ヶ根の駅の券売機に“7時までは機械は使えません。切符は車内で勝ってください。”って張り紙してあるのに一所懸命に切符を買おうとしていたから“切符はここじゃぁ買えませんよ。”って教えてあげた。
一緒に来る筈だった友達が急遽来れなくなり、迷ったが一人で来てしまったのだと不安そうに話していた。渋川から駒ヶ根まで一人で車を運転してきたが、今日から山に入って明日には甲府側に下りて、また車を取りに戻ってくるそうな。手間のかかることを・・・。塩見の登山口で先に山に入る時に出発の挨拶をしてそのまま会うことはなかったが、三伏峠の小屋に泊まろうとしていたらしい。或いはそのまま戻ったか?
横山さん。山口県岩国から来ていた。伊那大島からのバスで一緒に。前夜は伊那大島の民宿に泊まった。67,8歳のようだが、65歳まで働いていて定年になって岩国に戻ってきた。それまでは2~3日の山行しか出来なかったが今は好きなだけ登っている。行きやすいのは九州や中四国だが大きな山がないからアルプスや東日本まで足を延ばす。北海道や東北に行く時は車だそうだ。舞鶴まで運転して小樽までフェリーとか。
今回は塩見から仙丈まで抜けるようだが、背負っている荷が大きい。20kgくらいとのこと。聞くと、週に5回ほど30kgの荷物を背負って家の周りを1時間ほど散歩してトレーニングをしているそうだ。立派。真面目で朴訥、不器用だが良い人。山も詳しくはないようで、間ノ岳を一生懸命“まのだけ、まのだけ”と言っていた。この人だけ名前が判るのは、塩見小屋で夕飯の順番になって呼ばれていたから。
歩いている時にも途中で何度か一緒になった。最後に話をしたのは北荒川岳あたりで。その後、熊ノ平で水を汲みに小屋のテラスの下を通ったときに話し声が聞こえた。無事に仙丈まで行けたろうか・・・。
塩見の頂上で写真を取り合った夫婦。塩見小屋にいた。頂上の少し前で後から登ってくるのに気がついたが、西峰で写真を撮っていたら追いついてきて、“写真を撮りっこしよう!”と。続けて東峰へ一緒に行き写真を撮りっこしたのが楽しかった。オジサンが“オバサンに山の名前を教えている格好をしろ”とか“山を見渡している背中を撮ってやる”とか、ヤラセ写真を撮りたがる。それが可笑しくて可笑しくて、ゲラゲラ笑いながら言うとおりにしていた。非常に楽しい夫婦だった。
北俣岳分岐であったオジサン。塩見から下りて一休みしていたら蝙蝠岳の方からやってきた。
塩見岳には35年前の3月、山岳会に入って間もないときに来て遭難したそうだ。オジサン曰く“俺がビビッちまってさ。”と。大きな事故ではなかったようで一人が軽い怪我をして挫折。今回はそのリベンジだそうだ。前夜は雷ガラガラ大雨ドシャドシャの中、蝙蝠岳でビバーク。テントのポールを伸ばす時に“避雷針を立てているようで怖かった”と。そりゃそうだろう。
この人、北俣分岐に荷物を置いて塩見に上がっていったが熊ノ平で隣に幕営。翌日は間ノ岳の手前の三峰岳でまた会ったが、その後は北岳方面には行かずに仙丈岳の方へ歩いて行った。もう会わないと思ったら帰りに広河原からのバスに乗ってきた。聞くと前日は両股小屋に泊まり、この日は広河原と北沢峠の間の野呂川出合に下山して、広河原までバスで戻ってきたと。
この人のルート、かなりマニアックだなと思ってバスの中で話をしていたら、やはり昔はかなり登っていたそうだ。間が空いて最近また登り始めたそうだが、自費出版で山の想いを綴った本も出したそうで、かなりの山人だった。甲府で別れた。
自費出版の本のタイトルを教えてもらって、帰ってからアマゾンで買ってみた。このオジサン、細田さんという人だった。
他にも、間ノ岳と北岳の頂上で写真を撮ってもらった大阪から来た若い夫婦、こいつらはさすが関西人、2人でひたすらアホなことを喋っていて見ているだけで面白かった。
あと塩見小屋直前で追いついてきた若い2人組みの青年。ワンゲルでの仲間だったそうだが今は就職して一人は茨城、一人は長野。足が速かった。
など、今回は色々な人と会った。南アルプスは北に比べて本気で登っている人たちが多く、こちらも一人だと話しをすることが多かった。
やはり山はいいもんだ。
一緒に来る筈だった友達が急遽来れなくなり、迷ったが一人で来てしまったのだと不安そうに話していた。渋川から駒ヶ根まで一人で車を運転してきたが、今日から山に入って明日には甲府側に下りて、また車を取りに戻ってくるそうな。手間のかかることを・・・。塩見の登山口で先に山に入る時に出発の挨拶をしてそのまま会うことはなかったが、三伏峠の小屋に泊まろうとしていたらしい。或いはそのまま戻ったか?
横山さん。山口県岩国から来ていた。伊那大島からのバスで一緒に。前夜は伊那大島の民宿に泊まった。67,8歳のようだが、65歳まで働いていて定年になって岩国に戻ってきた。それまでは2~3日の山行しか出来なかったが今は好きなだけ登っている。行きやすいのは九州や中四国だが大きな山がないからアルプスや東日本まで足を延ばす。北海道や東北に行く時は車だそうだ。舞鶴まで運転して小樽までフェリーとか。
今回は塩見から仙丈まで抜けるようだが、背負っている荷が大きい。20kgくらいとのこと。聞くと、週に5回ほど30kgの荷物を背負って家の周りを1時間ほど散歩してトレーニングをしているそうだ。立派。真面目で朴訥、不器用だが良い人。山も詳しくはないようで、間ノ岳を一生懸命“まのだけ、まのだけ”と言っていた。この人だけ名前が判るのは、塩見小屋で夕飯の順番になって呼ばれていたから。
歩いている時にも途中で何度か一緒になった。最後に話をしたのは北荒川岳あたりで。その後、熊ノ平で水を汲みに小屋のテラスの下を通ったときに話し声が聞こえた。無事に仙丈まで行けたろうか・・・。
塩見の頂上で写真を取り合った夫婦。塩見小屋にいた。頂上の少し前で後から登ってくるのに気がついたが、西峰で写真を撮っていたら追いついてきて、“写真を撮りっこしよう!”と。続けて東峰へ一緒に行き写真を撮りっこしたのが楽しかった。オジサンが“オバサンに山の名前を教えている格好をしろ”とか“山を見渡している背中を撮ってやる”とか、ヤラセ写真を撮りたがる。それが可笑しくて可笑しくて、ゲラゲラ笑いながら言うとおりにしていた。非常に楽しい夫婦だった。
北俣岳分岐であったオジサン。塩見から下りて一休みしていたら蝙蝠岳の方からやってきた。
塩見岳には35年前の3月、山岳会に入って間もないときに来て遭難したそうだ。オジサン曰く“俺がビビッちまってさ。”と。大きな事故ではなかったようで一人が軽い怪我をして挫折。今回はそのリベンジだそうだ。前夜は雷ガラガラ大雨ドシャドシャの中、蝙蝠岳でビバーク。テントのポールを伸ばす時に“避雷針を立てているようで怖かった”と。そりゃそうだろう。
この人、北俣分岐に荷物を置いて塩見に上がっていったが熊ノ平で隣に幕営。翌日は間ノ岳の手前の三峰岳でまた会ったが、その後は北岳方面には行かずに仙丈岳の方へ歩いて行った。もう会わないと思ったら帰りに広河原からのバスに乗ってきた。聞くと前日は両股小屋に泊まり、この日は広河原と北沢峠の間の野呂川出合に下山して、広河原までバスで戻ってきたと。
この人のルート、かなりマニアックだなと思ってバスの中で話をしていたら、やはり昔はかなり登っていたそうだ。間が空いて最近また登り始めたそうだが、自費出版で山の想いを綴った本も出したそうで、かなりの山人だった。甲府で別れた。
自費出版の本のタイトルを教えてもらって、帰ってからアマゾンで買ってみた。このオジサン、細田さんという人だった。
他にも、間ノ岳と北岳の頂上で写真を撮ってもらった大阪から来た若い夫婦、こいつらはさすが関西人、2人でひたすらアホなことを喋っていて見ているだけで面白かった。
あと塩見小屋直前で追いついてきた若い2人組みの青年。ワンゲルでの仲間だったそうだが今は就職して一人は茨城、一人は長野。足が速かった。
など、今回は色々な人と会った。南アルプスは北に比べて本気で登っている人たちが多く、こちらも一人だと話しをすることが多かった。
やはり山はいいもんだ。
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